ぶっちゃけていこうよ

みんな言いたいことってないんだろうか?
ほんとに言いたいことってなんなんだろう
ほんとに言いたいことをしゃべれているのか
ほんとに思ってることをしゃべれているのか

僕は仕事柄色んな人と会って話す
というか人と会うのが仕事みたいなもんなんだけど

人と話すと、よく思うことがある。
「この人なにしゃべってんだろう」
・・・ごめんなさい。

性格悪いとか言わないで笑

でも実際そう思うこと多い。
「この人の言ってることって、ほんとにしゃべりたくてしゃべってること?」
「それがあなたが話したいことなの?伝えたいことなの?ほんとにそうなのか?」

裏返すと、自分の本心のままに生きれている人ってあまりに少ない。
みんな実は自分がなに言ってんのかよくわかってない。
自分がなにを思ってるのか、考えてるのか、それがわかってない。

ほんとにほんのごく一部分の自分の考えを、

自分がほんとに思ってることなのかのように勘違いしている。

これって僕から見るに、かーなり勿体ないこと。
だってそれって別に本心の自分が望んでる人生じゃない。

自分がほんとに望んでることって別のとこにある。
だけどそれがなにかを見ようとすることもない、
というかほとんど見たこともない。
出会ったことがない。
出会い方もわからない。
出合うイメージがわかないんだと思う。
あまりにそうではない生き方が当たり前すぎて。
そうではない生き方に慣れ過ぎて。
本心・本音がキャッチできないのでいる。

ま、もちろんわかんないではないですけどね。
昔は自分もそうでした。
ほんとに薄っぺらい人生を過ごしてた。

浅はかな思考レベルだけで生きてた。
だから人生に深みがなかった。
深い自分の魂からのメッセージや、心深い感情に出会うことがなかった。

もったいなかったなと思う。

でももうその生き方は辞めた。
そうでない生き方に出会えたから。

もし「自分そうだな」って、共感できるポイントがあったり
同じようなことで行き詰まったりすることがあったりするって人いたら
どうぞ気軽にご連絡くださいね。

僕もなんか力になれることがあれば、そんな人の為に力尽くしたいので。
吉村ひでき(m.hidekiyoshimura@gmail.com)

自己肯定と自己否定

これまで自分は楽観的で、「人生どうにかなる」と思って生きてきた。

なにか問題が起きても自らを省みることは少なく、自己を否定することは少なく、寧ろ自分にはどこかで自分だけは自信を持っていた。

「自分はできる。他の奴とは違う。自分はやればできる。今はその能力を発揮できる分野が発見できていないだけだ」と。

そうして社会人10年が経った。

特に現実は変わらない。

どうやら、自分はできる人間な訳ではないようだった。

10年もやれば、そのことにいい加減気づかないといけない。

また、「やばい」と危機感を感じなければいけない。

「このままじゃいけない」ともっと焦らないといけない。そのはずだ。

 

自分を根底から否定する心を持てるようになったできごとがこの1週間のうちに起こった。

詳細は割愛するが、このことは自分にとってあまりに大きかった。

 

自分を否定できてこそ初めて、自分を変えることができる。

今の時代、変化が激しい。

激しい変化の時代についていくために、その波を乗りこなすために、

自らも変化し続けなければ、その進化についていけず滅びてしまう。

 

今自分に必要なことは自己否定だ。

心苦しい朝20

それは悪いものでなく、

みずからの願いを思い切り叶えられる時代であると

見ることもできる

だから、日々、毎瞬毎瞬自らの欲求・欲望に向き合うこと

それが本当に重要である。

自らの欲求・欲望を正確につかみ、

それを果たすための行動をとることである

そこには積極性が必要

能動性が必要である

あなたは誰かにコントロールされているわけではない

誰かがあなたに指示を与え、その指示のもとで

受動的に生きたり、受動的に仕事をするのではない

そうしてもいいが、

そうする必要なない

望まないのなら、そうしなくていい

あなたの望みはなんだ?

あなたの願いはなんだ?

あなたはどうしたいのか?

あなたは本当はなにを願っているのか?

それがつかめないのならやばい

自らの欲求がもう見えないくらいに蓋をされている

だからだめだよ、見つめ直そう

自らの心の声をしっかりと聞くことだ

本当はどうしたいのか

それをしっかりとつかみ、しっかりとそこに従うこと

唯一上部構造があるとすれば、

それは自らの内側にしかない

従うべきは自分自身の内なる声だ

内なる声・欲求に従ってこそ、

現実は自らが納得できるものとなり、

願ったような現実が現れはじめてくる

心苦しい朝19

だから自分がどうしたいのか、

なにを得たいのか

なにを与えたいのか

どのようにしていきたいのか

それが必要だ

自らの欲求・欲望を爆発させることが必要だ

それがこの資本主義経済が包む、

現代をうまく生きる知恵なのかもしれない

心苦しい朝18

弱さを露呈することはみっともないかもしれない

人に見せたくない部分かもしれない

別に社長のために仕事するわけではない

お客さんのために仕事する

それは自分の力を身につけていくことにもなる

結果的にである

ただ漫然と生きていては得られるものはほとんどない

たまたま結果的に得られるものがあったとしても

それはほんとうにたまたま