未知を進む道(Poem)

君と過ごす今この一瞬
君を愛するのと同じように
僕はこの時に恋をする

電話越しに感じる君の心
君への感謝と同じように
電話をつくった人の愛にも
同じように感謝をしよう

君1人を愛するためには
君意外にどれほどの人が必要だったろう

君意外の人の愛に
僕はどれほど気づけているだろうか

歩む道には人がいて
声をかけては通り過ぎていく

君と過ごす未知の道だが
僕は君以外を大事にして
君を幸せにしていく

戻れない

早く会いたいと願ったあの気持ち
会ってしまえばもうそれは戻らない

さみしいと思った刹那の感情
さみしさを通り越せばもうそれは戻らない

瞬間的な心はいつも流れゆく川のように
一時もとどまることなく消え去ってはまた生じてゆく

戻りゆく心、生まれ来る心
固執しようとも
それら心は掴まれることなく

生まれくるこの心を見つめる
去りゆくものを止めることはできず

新たに生ずるものまで逃しいく程哀れなことはない

大切にするべき今ここ自分

人生に希望を見出した話#1(人生捨てたもんじゃないな)

僕はフツーの両親の元、田舎の島で生まれ育ち、

それはまぁぬくぬくと幼少時代を過ごしました。

 

どこぞの誰ぞやがどこどこの娘さんと付き合ってるらしいとか、

そんな話題が母親間のニュースになるほど、いたって平和で

大したことの起きないほんとど田舎地方です。

 

幼少期から自然の中で生まれ育った僕は、まあなんといっても

夏が大好きなよくありがちな田舎の少年で、

毎年夏休みになれば友達と海に行って魚釣りや素潜りをして

獲物を仕留め、そのまま浜でバーベキューしたり、そのまま

花火したりするというのが鉄板の遊びでした。

 

まあそんな平凡な日常に突如亀裂が入ったのが僕の中では

中学2年の夏で。

いつものとおり、夏休み初日に近所の海に行ったところ、

なんだかやむにやまれぬ違和感を感じて。

 

それがなにかというとゴミだったんですね。

浜辺に流れ着いた漂着ごみ。

確かその日はしけ続きの明けの日だったのか、

異様なほどの漂着プラスチックごみがどうにも目に飛び込んできました。

 

見慣れた風景が

なんだか違った景色の様。

 

なんだかその日は海に入る気にならず、その漂着ごみを数時間か拾い集めていました。

そこで初めてわかったのが、それらのごみの大半は海外からのものでした。

漢字ばかりの中国から。見慣れぬハングル文字の韓国から。

当時どこの文字かもわからぬタイやマレーシア・ベトナム・フィリピンなどの

東南アジアからのもの。

僕の住んでいた長崎の平戸という島は日本列島の西のキワ。

後になって知りましたが、最も中国韓国に近く、東南アジアから

東シナ海〜日本海へと抜けていく対馬海流の影響を受け、

そうした国々のごみが多いのでした。

 

なんでこうなる?

なんで外国に島を汚されないといけないんだ?

 

中学生ながらに世の中に、そしてそうしたごみを運ぶ元の

諸外国に敵意を覚えた夏でした。

 

その日以降すっかり環境問題が関心ごととなり、それまで

大して学校の勉強なんてしてなかったくせに、やたらと図書室に

行ってはそれらしき本を読む様になりました。

 

その後実は高校・大学と進んでも関連本や動画などを通して

情報を集め続けていましたが、環境問題や温暖化については

「それはいけない!もっと地球を大事にしないと!」

というのと

「いやそもそも温暖化してない」とか、

「温暖化したほうが良い面も多々ある」とか、

なんかいろんな情報が出て来ます。

 

知っても知っても「どうしたらいいんだ?」

の答えがわからない。

 

最初は海を綺麗にして、綺麗な島を保ちたかっただけでしたが、

それは結局国際間の問題解決となり、

つまりそれは「世界平和」なしにありえないようなことが

段々とわかってきました。

 

自分は立派な夢を掲げている、という自負心がどこかにありました。

でもそうした希望はその後ことごとく崩れることになります。

それはまた次回に。。