足りないから満たそうとする我が心

満たされない自分の心。

 

その心を埋めようとする。

誰か愛する人を手中にすることによって。

何か自分の強欲を満たしてくれそうなモノを手に入れることによって。

何か贅沢な経験を行い、それを達成できる自分に酔いしれようとして。

 

しかし、しかし。

それで、その心は満たされない。

なぜだろうか。

 

足りてないからである。出発が。

そうではない。

いつだって「今ここ」は全て完璧である。

今ここ、の中に全てがある。

過去はない。未来もない。ただ「今ここ」だけがある。

その毎旬の蓄積だけがある。

足りてない今の蓄積で、満たされた未来にいくことはない。

 

現代人には何が足りていないのか?

平和のために、何が世界には足りていないのか?

我々の心に、何が足りていないのか?

 

本来足りていないものはなにもない。

全ては満たされている。

まず、そのリアルを理解できるのかどうか。

認識できるのかどうか。

その概念を受け入れられるのかどうか。

 

私たちは今、当たり前に地球が自転公転し、太陽を中心としたその太陽系の中の運動法則の中にいることを受け入れている。

地球の中に暮らしていては、明らかに動くのは太陽であり、月であるように見えるというのに。天動説でなく、地動説を当たり前に受け入れている。

今の時代に太陽が動いていることを言うことの方がバカにされる。

なぜだろうか。

言わずもがな教育である。

知性は、目を使って認識する世界を凌駕する。

智慧は5感覚を超える。

 

もっっと智慧を研ぎ澄まして心の世界を明らかにしていけば、世界はもっと美しくできる。

世界はもっと楽しくなる。

世界はもっと幸せに向かえる。