人生を本気にさせるOne Piece

”本気で生きたい”

というのは多くの現代人の心の中にあるようです。

 

僕も以前はそのような気持ちを深くから抱えていました。(切実だった。。)

僕の場合は小学生の頃にサッカーをはじめて、大学卒業までの13年間の青春時代は常にサッカーと共にありました。

 

常に上を目指し、チームメートにはシビアに接して、後輩たちからすると怖い先輩だった時期もあるようらしいです。(僕はそんなつもりなかったんだけどね、、すまん、後輩諸君)

僕は中途半端が嫌いで負けず嫌いでした。(これは未だに結構あるかも)

 

やるからには本気で勝ちに行きたいし、ベストなプレーをしたい。そうした思いで日々の練習にも取り組んでいました。

 

学生時代そんな風に本気となる対象があったからこそ、社会人になってもその熱情を自分にも周囲にも求め、それが満たされない社会人生活に不満を抱いていたんだと思います。

 

さて、ではそのように”本気で生きたい”と願いながらも、私たちが本気で生きれないのはなぜでしょうか。

今回は生きる上で熱くなれない原因、その1点についての話をしたいと思います。

 

原因は国

単刀直入にいきましょう。

あなたが本気になれない原因は実は日本にあります。(まさかの日本)

 

僕らって本気になれない自分とか、本気になれない他人を攻めることに意識がいきがちじゃないっすかね(どうです?)

ですけど、本当の原因は実は日本そのものにあるんすよね。

 

本気を出した。そしたら負けた。

僕ら日本人のDNAに染みついているものがあります。

それは”過去に本気出して、ボロボロに敗れた”ていう事実です。

ここに、僕らが熱くなれない、本気になれない原因があります。

 

本気の生き方をしたいのなら、日本という国が置かれている今の状況を理解する必要があります。

熱くなった日本がボロボロに敗れ、それがトラウマ化し、日本人の精神に根深く残っていることを知ることです。それを理解し、本気でその日本を立ち上がらせようと志を立てて勝負できるかです。実はそんな状態です。

 

日本が敗れた歴史。

言わずもがな、太平洋戦争(第二次世界大戦)ですね。

 

歴史を理解する必要がありますが、当時の日本は飛ぶ鳥をも落とす勢いで、世界から見てあまりにも驚異の存在だったそうです。

 

勝てることなんてありえないと思われていた日露戦争での勝利。

アジアの小国が当時世界最強とすら考えられていたロシアを倒したことは世界に衝撃を与えました。

イギリスですら、ロシアとの正面戦争を恐れていたほどの時代です。(ロシアは世界的にも相当の脅威だったもよう)

 

欧米列強がアジアの植民地支配を進める中で、アジアの小国日本の勝利は、他のアジア各国に大きな勇気をもたらされたそうですね。

(それでいまだに日本に尊敬の眼差しをもつアジアの国もある。)

 

その後日中戦争でも勝利を納めた日本は、やむにやまれぬ状況の中、兵力差ありまくりのアメリカとの全面戦争に突入。

当時のアメリカは経済格差がGNP13倍、石油生産高700倍、国力は4倍。

(参考)データで見る太平洋戦争〜国力4分の1 日本の大ばくち〜

 

明らかに絶望的負け戦。

でも、それでも黙って石油供給を絶たれればどのみち日本の国際社会での孤立化は不可避。

(今だったら国際社会の中に置かれる北朝鮮をイメージしてみると近いものがある)

 

戦って負けるか。

戦わずして負けるか。

 

その選択に対し、どうせなら。。と日本男児(当時は男性社会が強い)、日本は国としての判断を下した。

(ちなみにこの時の日本男児の心は吉田松陰が、投獄された時に読んだ句「かくすればかくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」に見るような武士道精神があったんでしょう)

(参考)

 

そしてまさに命をかけた本気勝負に望む決断を総員が成し、戦争へ向かったわけですね。

 

ここは歴史に詳しくなろうというコーナーでもないので、この辺り詳しくは割愛し他記事に譲りますし、僕も別に専門じゃないんだけど、とにかく日本は、この戦争でまさに国が粉々になるほどに敗れました。民間人大殺戮の都市掃討爆撃、広島と長崎への原爆投下だけを見てもその凄惨さは感じられますよね。(ちなみに僕も長崎県民でもあるんだけど、戦争トピックは、過去受けて来た平和教育の記憶が蘇って、ものすごく恐怖と嫌悪感ある)

 

そしてその敗戦は単純に武力によってのみ行われたわけではありませんでした。

その後に訪れるのが、当時日本においては神と称されていた天皇の人間宣言。当時神としてあげめられていた存在が、「お前はなんの神格もない人間だ。」というアメリカのメッセージはどれほど当時の日本国民にとって屈辱的だったでしょうか。(現代人からすると、なかなか想像しがたいとは思いますが)

 

さらには東京裁判にて押された、国際秩序においての日本側への戦争犯罪国家という謂れなき烙印。

アメリカではなく日本こそが戦争犯罪国として築かれた歴史。

あああ〜〜〜〜〜ん!!??

犯罪者はおめーらだろが!!!

・・・と言いたいところだが。

戦後日本復興にアメリカはTVを大量輸出。流れるのは超大国アメリカがどれだけ素晴らしく発展した国家であるかを見せつけるごとき番組群。

 

「我々はバカな戦争をやったんだ。勝てるはずもないアメリカと無謀な戦いをやったんだ。熱くなった我々、本気になっただけ我々はバカだったんだ。」

 

日本国民の心深く深くに刻まれた自分たちへの審判。決めつけ。諦め。自己否定。自国否定。

まさしくアメリカの巧みな戦略の上で、日本の精神性は骨抜きにされました。

この記事を読んでいただいている我々のおじいちゃんおばあちゃん世代がまさに、こうして戦時中を生きた人であり、その無意識根深く入った集団的決断。

 

「2度と熱くなるもんか」

 

この決断こそ、私たちが本気になれない根本無意識。

悔しいと思いませんか。

僕はこうした深い深い問題をクリアし、もう1度熱くなれる人間、仲間をつくりたい。

本気で熱く、情熱的に1度きりの人生を後悔したくないからです。

戦争はしないよもちろん。

でも戦争しないなら違うことしないとダメでしょ。

反戦デモやってて戦争は終わらない。

そうじゃなくてやるべきことは平和を実現するActionのはずです。

 

本気で熱く生きていきたい、ということであれば日本という国そのもの理解なしにはありえない。本気のエネルギーは、個人のモチベーションでは弱すぎるから。

 

せっかくなら僕も熱く生きたい。

そして願わくは、この記事を読んでくださっている方ともその道を共にできたら。

希望も込めて、本記事の終了とさせていただきます。

長くなりましたが最後まで読んでいただきありがとうございます!

 

※注:私は右翼的思想・左翼的思想、いずれかを持っているわけではありません。純粋にこの国もよくしたいし、この世界をよくしたいと思っています。本記事の内容はあくまで客観的事実を見た上で記載しております。。つっても個人的見解もあるか。ご了承ください。