多様な問題解決のための第一優先事項とはなにか

今の世の中には多様な問題があります。

政治・法律・経済・教育。。それぞれの分野でたくさんの問題があって、一体どこからどう手をつけたらいいやら。

 

社会の中の問題は、それを解決しようと政治家や経済学者・教育学者などたくさんの学者の方々がいろんなアイディアを持ち寄ったり、一体どこへどういこうとするのか。

 

1人1人もいろいろと問題を抱えています。

 

なかなか貯まらないお金の問題。

なかなか解決できないある人との関係性の課題。

なかなかうまくいかない仕事上の問題。

意外と疲労感も溜まる体のメンテナンスのこと。

将来についてや、コンプレックスをどうにもできない心の問題。などなど。

 

いろいろと解決したいことが世の中にも、個人1人1人にもある。

でも時間は限られてるから、全部一気に解決することはできません。

じゃあどこからどう手をつけていけばいいのか?

 

例えば今の世の中に溢れる格差に関しての問題。世界の中での格差もそうですし、日本の中でもたくさんの格差があります。

経済格差は教育格差、情報格差を産み、さらなる格差を進めていく。

 

政治格差。

例えばシルバー民主主義という問題。若者へ向けた政策より、高齢者世代に向けた政策が優先される世界一の高齢国家日本。人口の多さ・富の多さ・投票率の高さで言えば政治家にとって若者より優遇されるべきは高齢者。

当たり前にこんな論理がまかり通る現状に若者はますます政治不信を募らせ、投票には行かない。政治には期待しない。その結果社会への関心は薄く、変革への意欲も湧かない。主体的に生きることもできない。そんな状態があります。

教育格差。

お金持ちの子供ほど学力の高い学校に進める率が高く、結果として高給取りはお金持ち家庭にて引き継がれやすく、逆転が難しくなっている現状。

情報格差。

会社の中で一部の上位層だけが持ちうる情報。社会の中で一部層だけが持ちうる情報。一般市民にはなかなか行き渡らない重大な情報。

 

この国、この社会、この世界

行き過ぎた格差問題をはじめ、実に多様な問題に溢れてる。否定しがたいリアルがあります。

女性の活躍、ダイバーシティ、LGBT、様々に多様性を受け入れようとする社会の流れ。しかしそれを阻む人間の過去の意識。

 

一体どこから手をつける必要があるのか。なにを行うことが最も効率的に、よりより社会をつくっていくことにつながるのか。

一つ言えることは、多様な問題を生み出しているのは”人間”だということで、解決するのもまた人間です。

格差も少子高齢化も環境問題、難民、移民。戦争紛争、思想の争いも全部。

犬や猫が絡んでいるわけではなく、今の文明は人間自体が生み出したものであって、人間の中にこそ多様な問題を生み出している原因がある。

人間をつくるもの=教育。

どのような人間になるのか?はどのような教育を受けるかで決定されますね。

学校教育ももちろん、家庭での教育、または友達と話すこと、地域の人とのおしゃべり、それらひとつひとつからも僕らは影響を受けていて、それらもまた自分たちにとっての教育的要素となります。

 

どのような教育を受けるかで、どのような人間になるかは決定され、どのような人間になるかで、どのような行動をとるかは決定される。

 

今記事を読んでる方はほぼ日本の小学校・中学校で教育されたことでしょう。

これがアメリカやイギリス、ブラジル、中国、国が違ってれば当然受ける教育は違うし、どんな人間になるかも変わってくるわけで。

 

この社会は人間の行動の蓄積によってつくられていて。

 

問題のある社会は、問題のある行動の賜物であり、問題のある行動は、問題のある人間があったということ。問題のある人間があったということは問題のある教育があったということ。

 

変えるべきは人間であり、教育なはず。

政治制度や法律、多様な社会システムへのテコ入れは当然必要なものはたくさんあると思います。でも結局は人間そのものが変わんないと、モグラ叩きみたいに問題が生まれては解決しようと右往左往する、この構図は変わらないでしょう。

 

問題を引き起こしてしまう人間があれば、再び問題は生じてくる。正しい教育を行わなければ、問題が生まれゆくことを止めることができません。